牧野信一
底本:「牧野信一全集第六巻」筑摩書房
2003(平成15)年5月10日初版第1刷発行
初出:「日本評論 第十巻第十二号」日本評論社
1935(昭和10)年12月1日発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:宮元淳一
校正:小林繁雄
牧野信一
「岩吉は石川五衛門見たいだから、嫌ひだよ。」
私は自分ながら、動ともすれば自分を子供の折から厭なやつだと秘かに思つて憂鬱になる癖があつたが、例へばそんな冬の朝など肌ざわりの違ふ冷たく光つた着物などを着せられると、妙に魂までが悲しいような嬉しいような女の甘つたれのやうな生体のないものになつて、人の悪くちを云ふのが愉快だつた。
「あたしも嫌ひさ。おぢいさんが贔屓などする気が知れやしない。ほんとうに岩吉となんか遊んぢやいけないよ。」
と母も、子の甘つたれをとがめもせずに同意した。私は、絵本で見る石川五右衛門が釜うでにされながら子供をさしあげてゐる顔つきが、その盗賊の偉さなどゝいふものは全く別にして、単に毒々しく獰猛気な拙劣な絵の顔つきと、笑つても苦味走つてゐる見度いな角頤の具合や、頬骨の感じなどが、おそらく懲役などゝいふ恐るべき言葉からの連想があつたからには相違ないのであるが、岩吉を髣髴させるのであつた。ところが、口では嫌ひだと云つて居りながら、二人ぎりになると子供を相手に云ふべからざる卑猥なことを、低いふつきれ声で、さも/\秘密の相談でも交すやうにさゝやく彼の容子に魅力を覚えるのであつた。
「ちよつと双六を持つて来て御覧なさいよ。あつしがとても面白い賽の振り方を教へてあげますからさ。」
彼は台所の囲炉裡端で、茶を喫むやうな振りで酒をあふりながら、私に賽コロを持つて来さすと、器用な手つきでそれを振つては独りで考へ込んだ。そして人の気はひがすると慌てゝ私と双六の勝負を争つた。私も実は、彼とそんな勝負事を争ふよりも、温泉場へ来ると皆なが何となく呑気になつてゐて別段に早寝を強ひもしないので、智慧の輪や達磨落しなどを運んで、さも/\無邪気な遊びに屈托してゐる態にして夜を更したがつたのであるが、そんな遊びよりも、合間々々の岩吉の途方もない戯談の方が面白かつたのである。――私が未だに、母さんと一処に寝るさうだが、それはとても可笑しいことだとか……母さんが何んな夢を見るか当てゝ見ようか――とかと云つて私を気味悪がらせたり、憤らせたかとおもふと、
「もう、そろ/\蒲団部屋を覗きに行つても好い時分ですぜ。」
と誘ふのであつた。爺さんが旅館の酒を好んで、つい滞留しがちなので山の家から岩吉が迎へに来てゐるのであつたが、私たちにしろ華やかな宿屋の方が珍らしいので容易に引上げたがらなかつた。私は、岩吉と遊ぶのはたしかに悪事だといふ気はしてゐたので、嫌ひだとでも云はなければ不首尾になりさうで悪口を云ふ傾きでもあつた。然し、面白くはあつたが、彼の人物を好いてゐないのは確かでもあつた。
「屹度もう居眠りがはぢまつてゐますよ。」
と彼は私をそゝのかすのであつた。私は、空呆けてはゐたものゝ内心彼の、その勧誘を期待してゐるのであつた。そつと跫音を忍ばせて、土蔵寄りの蒲団部屋を窺ふと、大概は二人か三人の若い女中が居眠りどころか前後不覚に寝倒れて居た。激しい労働の疲れで、熟睡を盗んでゐる者の、仮の寝姿は、わずかに廊下のランプに明るんでゐる障子の内で蒲団の山々の合間に、恰度「波の戯れ」と題するベツクリンの作画に見るかのやうな怪奇美に溢れてゐた。否、単に戦慄すべき醜悪と云ふべきが至当であつたらう。私は絵草紙の中の惨憺たる殺人の光景を眼のあたりにする大そうな滑稽感で、声でもあげておどろかしてやらうとすると、岩吉の八ツ手のやうな掌が私の鼻と口をおさへた。